困難を抱える人への愛
10代から20代前半にかけて、私は世界の重みをすべて自分の双肩に背負い込んでいました。戦争、不正、気候変動に向き合って昼も夜も活動し、すべてを自分が正さなければ人類を裏切ることになるのだと自分に言い聞かせていました。その結果、まっすぐに燃え尽きへと突き進んでしまったのです。どん底まで落ちて初めて気づきました。他人の苦しみをすべて引き受けることは思いやりではなく、支配しているという幻想にすぎないのだと。本当の思いやりは、目の前にいる人と対等な存在として向き合うことから始まります。
本当の思いやりとは、世界の問題をすべて背負い込むことでも、敵と見なした集団を攻撃することでもありません。目の前にいる人と対等に向き合い、その人の現実に耳を傾け、静かな誠実さをもって行動することです。
Erik Thor『Why I Care』
人を助けるということの本当の意味
みんなを救えるという幻想
かつての私は、誰かが苦しんでいるのを見たら、すぐに手を出して代わりに解決してあげるのが答えだと思っていました。けれど、相手の問題を代わりに引き受けすぎれば引き受けすぎるほど、その人は自分にはできないという感覚を強めていきます。そして、自分ひとりではやっていけないと思い込むようになる。誰かのために問題を解決しようと飛び込むのは、本当にその人の助けになるというより、自分のエゴをなだめているだけであることのほうが多いのです。
優越感は思いやりではない
14歳でヴィーガンになったとき、友人たちはどこか責められたように感じていました。私の選択が、口に出されない彼らへの攻撃のように響いたのでしょう。後に政治の世界でも、道徳的な怒りを盾に相手より優位に立とうとしている自分に気づきました。しかし、本物の思いやりは決して誰かを見下したりはしません。意見の合わない相手とでも腰を落ち着けて向き合い、本当の意味で耳を傾けることが必要なのです。
スウェーデンへ移り住んだときに起きたこと
妻と私がバルセロナからスウェーデンへ移り住んだとき、彼女はビジネスをめぐる大きな変化に対応しなければなりませんでした。
数か月にわたり、新しい環境での販売やマーケティングは本当に困難でした。彼女がストレスを打ち明けてくれたとき、私は無力感に苛まれました。彼女のビジネスを代わりに回すことなど私にはできません。だから自分は役に立たないのだと思い込み、あれこれと問題解決に走ってしまったのです。求められてもいない助言をし、こうすべきだと指示し、彼女の戦略を批評しました。それは私ができる最悪のことでした。
彼女のビジネスのやり方にあれこれ口を出す資格など、私にあるはずがありません。ほとんどの場合、彼女が私に求めていたのはただ話を聞くことでした。つらい瞬間にそばにいて、その難しさを一緒に感じ、彼女自身が答えを見つけ出す力を持っていると信じること。それだけだったのです。
彼女の問題を解決しようとするのをやめて、ただ耳を傾けた瞬間、彼女は私の中でふたたび一人の人間として立ち現れました。彼女の苦闘は、私がなぜ彼女を愛するようになったのかを思い出させてくれました。その粘り強さ、ひたむきさ、そして愛するもののためにどれほどの苦労も厭わない姿に。
「息子が文章を書くのに苦労しているとき、それは私がペンを取り上げて代わりに書く理由にはなりません。そばに腰を下ろし、耳を傾け、彼が自分で書き上げるのを愛情をもって励ます理由なのです。」
10問のマイクロテストクイズ
Love For Those Who Struggle Match
Check off statements above to calculate your match score.
実践的な思いやりのワークシート
自分の中にある世話焼きのパターンを見つめ直し、燃え尽きることなく他者のための余白を保つことを学び、苦しんでいる人に地に足のついた支えを差し出す方法を見つけましょう。
Compassion Development Guide
内省と実践
踏み込みすぎずに思いやる
今のあなたの生活の中で、本来は自分のものではない感情的な負担や責任を背負い込んでしまっているのは、どんな場面でしょうか。今日、目の前にいる誰かを「直そう」とせずに差し出せる、具体的で地に足のついた親切や傾聴の行動をひとつ挙げてみてください。
Loading discussion…