人工知能がエッセイを書き、音楽を作り、イメージを描き出せるようになった当初、多くのクリエイターが絶望に沈んでいく姿を私は見てきた。人の手による仕事は、一夜にして時代遅れになってしまったかのように感じられた。けれども、アルゴリズムがあまりにも手早く作品を生み出すのを目の当たりにして、私はある根源的なことに気づいた。模倣は、独創ではない。経験を生き抜くことができるのは人間だけであり、真に独創的なものを生み出せるのは、生きた経験だけなのだ。
1. 私たちが直面する二つの道
新しいテクノロジーが足元の地面を揺るがすとき、私たちはたいてい、まったく異なる二つの反応を突きつけられる。
一つ目の反応は、暗い道だ。怠惰で、受動的で、知的に鈍くなっていく誘惑である。三秒で千語を書き上げる人工知能を眺めながら、あなたは自分にこう言い聞かせる。「なぜわざわざ文章術を学ぶ必要がある? なぜ絵を練習し、何年もかけて楽器を極める必要がある? 機械がそれを瞬時に模倣できるというのに」 そしてあなたはソファに深く沈み込み、アルゴリズムに娯楽を差し出させ、思考までも機械に委ねてしまう。
二つ目の反応は、その正反対だ。私が初めて腰を落ち着けて、これらのモデルに何ができるのかを試したときに抱いた反応である。
それは私に諦めを促すどころか、立ち上がらせた。こう言わせたのだ。「私は手をこまねいていたくない。外に出て、意味のあることをしたい」 と。それは、人間の知性とはいったい何なのか、そして統計的な平均値で訓練されたどんなニューラルネットワークにも決して複製できないものが、自分に何できるのかを問いかけてきた。
2. 模倣は、生きた経験ではない
この二年間、私は多くのアーティストや書き手と話してきた。その多くが、人工知能が自分を憂鬱にしたと語った。生涯かけて磨いてきた技が、手品の種明かし程度にまで矮小化されてしまったように感じたのだ。
一方で、正反対の反応を示したクリエイターもいた。それは彼らに火をつけた。ソファから立ち上がらせ、ノートを手に取らせて、こう言わせたのである。「自分の声を明け渡すつもりはない。私の視点がいまなお必要だと示してみせる」 と。
アルゴリズムが流暢な文を生成できるのは、人間が書いた何十億もの文を飲み込んできたからだ。しかし、アルゴリズムには身体がない。雨のなかを長く歩いたあとに訪れる身体的な疲労を感じることはない。大切な人を傷つけてしまったときの、あの私的な羞恥も、喪失の痛みも、長年の敵を赦したときの静かな安堵も知らない。
人工知能が書くものはすべて、過去に基づいた近似にすぎない。人間の独創性は、音節を組み合わせてそれらしい文を作ることから生まれるのではない。当事者として身を賭すこと——壊れやすい身体で生き、現実の結果を伴う決断を下し、そこで見つけたことを正直に語ること——から生まれるのだ。
3. 人間の知性は、まだ天井に届いていない
多くの公開討論は、人工知能の可能性を無限であるかのように扱う一方で、人間の知性は固定され、完成しきった産物であるかのように扱う。機械は毎年指数関数的に賢くなり続けるのに、人間は同じ欠陥と認知バイアス、限られた注意力を永遠に抱え込んだままだと、私たちは思い込んでいる。
私はそれを一秒たりとも信じない。
人間の知性や推論、創造性に上限があるとしても、私たちはそこからはるか遠くにいる。人類が相互につながり、読み書きする社会を築いたのは、その歴史のほんのわずかな一片にすぎない。私たちは感情知性や自己認識、成熟した協働の能力を、まだほとんど開花させていないのだ。
百年前と比べて、今日私たちが生み出せるものの規模を考えてみてほしい。いまやスウェーデンの書き手が、三秒で日本の読者にアイデアを届けられる。私たちは文化や専門分野、世代を越えて視点を融合させることができ、それは十九世紀のどんな哲学者も夢見なかったことだ。私たちの伝達能力は、集団の知性を縮めたのではなく、拡張してきた。
4. 私がペンを取って書き始めた理由
その気づきこそが、私の著書 Why I Love を書く直接の引き金となった。
私は人間の知性についての本を書きたかった。生の処理能力や事実の暗記についてではなく、人格、共感、知恵、そして感情的な成熟について。仮面の裏に隠れるのをやめ、誠実に生き始めたときに何が起こるのかを、探求したかったのだ。
人工知能は、人間の創造性を無意味にはしない。むしろ、基準を引き上げる。日々の機械的な雑用を片づけ、本当に大切なただ一つの問いを私たちに残す。あなたが語るべき、紛れもなくあなた自身のものとは何か?
テクノロジーを、知的怠惰の言い訳にしてはならない。ノートを開いて、座りなさい。自分がまだ試したことのない、どんな可能性を秘めているのかを自問しなさい。誰かが本気で仕事に向き合ったとき、人間の創造性がどんな姿になるのかを、世界に見せてやりなさい。
あなたの創造性の最先端を探る
あなた自身の創作を見つめるとき、どこで自分を抑え、あるいは自分は限界に達したと思い込んできただろうか。いまこの瞬間、あなたにしか世界に差し出せないプロジェクト、アイデア、あるいは正直な省察とは何だろう?


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